第41回 忘れちゃったんですよ

先日、仕事の関係で知り合った20代のスポーツマン風のさわやかな男の子。最初に彼と話をしたときは彼を日本人だと思っていましたが、名前を聞いたら中国の名前でした。彼の話す日本語は日本人と何ら変わらず、最近は、日本生まれや日本育ち、両親のどとちらかが日本人ということもよくあるので、彼もきっとその中のどれかに当てはまるのだろうと思っていました。

 

中国語でも会話できるだろうと思い、話しかけてみましたが、彼は全て日本語で返してきます。複雑な会話になると、彼は困ったように

「すみませ~ん、日本語でお願いしていいですか?僕、中国語あまりできないんで」

と言いました。

「日本育ちなの?日本で生まれたとか?あ、両親のどっちかが日本人とか?」

彼が話しやすい子なので、中国人のように質問攻めにしてしまいました。

「よくそう聞かれるんだけど、そうじゃないんですよ。だいぶ前に日本に来たんですけど、日本育ちっていうほど小さいときに来たわけでもないんですよね。」

「いつ来たの?」

「14歳のときです。その年なら中国語まだ覚えているでしょう・・・と思うでしょ?よくそう言われるんですよ~。」

 

彼はにっこり笑いながら、こう続けました。14歳で父親に連れられて日本に来た。当時、父親も自分も全く日本語ができなかった。本来なら中学生の年齢だったが、日本語が全く話せないため、まず小学校中学年に入れられ、一年くらい日本語を学んだ。そのあと中学校に入ったが、最初はついていけなくて、いじめや誤解があり、毎日けんかばかりしていた。くやしくて、馬鹿にされないために一生懸命、文字通りの死に物狂いで、日本語を勉強した。

 

「日本に来てから、2年目くらいまではほんと俺、頑張ったんですよ。受験のときの数倍は勉強したかも。親父も全然日本語ダメで、日本語がわからないと買物とか手続きとか、生活するのも難しいでしょ。どうしても俺が早く日本語うまくならいといけなかったんですよ。そうするうちに日本の学校や生活にも慣れてきて、日本語もうまくなってきて、けんかしてた友達とも仲良くなって、普通に暮らせるようになって。そしたら、いつの間にか中国語をほとんど忘れちゃったんです。信じられないかもしれないけど・・・、忘れちゃったんですよ。」

 

穏やかにそう話す彼の日本語は本当に流暢・・・というか、日本人そのもの。私の友達の中国人ももみな日本語がうまいが、どんなにうまい人でもやっぱり長く話すと、表現や発音のどこかで外国人だとわかります。私だって中国語をネイティブと全く同じようには話すことはできないし・・・。14歳で日本に来てこれだけうまく話せるということにも驚きましたが、もっと驚いたのは彼が中国語をほとんど忘れてしまったということでした。小さいうちに日本に来たというのなら分かるのだけど、ある程度の年になるまで中国にいて来日した人の中で、中国語をほとんど忘れてしまったというひとに会ったことはありませんでした。私も一年くらい日本語をほとんど使わないで生活したことがありますが、急に日本語をしゃべろうとすると単語がでてこなかったり、「あれ」とか「これ」とかの指示語が増えたりすることはありましたが、聞き取れなくなるほど忘れてしまうということはまず考えられませんでした。だから、彼が身分証を見せくれても(身分証には最初に来日した日時が記載されている)、にわかには信じられませんでしたが・・・。

 

その数日後、たまたま見ていたTV番組でアメリカで働いている日本人を取材していました。その人は特殊な技術を持っている人で、20歳を過ぎてからアメリカに渡ったのですが、その技術でアメリカで生きていく!という強い決心があり、単身アメリカに渡り15年間以上一度も日本に帰らなかったそうです。マイクを向けるとその人の日本語は日本人が話しているとは思えないほど、たどたどしいものでした。途中何度もつまりながら、考えながら、英語と日本語を混ぜてゆっくりと話していました。彼は成功するまで日本の地は踏まないという覚悟を胸に、アメリカ人を相手に英語を覚え、長い間英語だけを話してきたそうです。日本語を話すのは何年ぶりかわからないと言うその人の話を聞いて、私は初めて14歳で日本に来たという彼が中国語を忘れたということが理解できました。命がけで外国語を吸収した結果、軸であった母国語を失ってしまうこともあるのですね。だけど、新しい軸を得ることによって、この人たちは新しい人生を生きることができたのだと思います。彼らが異文化に飛び込み、どれほどの思いでどれほどの努力をしてきたのか・・・。私には母国語を忘れてしまうほど切羽詰って外国語を学んだ経験はありません。平々凡々な留学生活を送った私には計り知ることはできませんでした。

 

けんかしてたみんなと、その後、ちゃんと仲良くなったんですよ、と笑顔で言う彼に心打たれました。彼の卑屈にならない前向きな姿を見て、周りも彼を認めたのだと思いました。その笑顔は様々な困難を乗り越えてきた証なのでした。