第42回 留学生の今と昔

以前から仕事でもプライベートでも中国人と接する機会が非常に多いのですが、最近、中国人留学生の変化を大いに感じますね。私が大学生だったころ、交換留学で中国から来ていた留学生たちは、毎日アルバイトに明け暮れていました。当時は私費で来れる留学生はめったにおらず、ほとんどが国費留学生で、国から奨学金として数万円もらっていたり、授業料免除だった留学生もいましたが、それでも生活費は自分で稼がないといけません。当時、日本と中国は経済格差が大きく、私がハルビンに留学していたとき、周りの大卒の人の収入は日本円で8,000円~20,000円くらいでした。実家が多少裕福な家庭で、仕送りしてもらったとしても、日本円に替えるとたいした金額にはならないという話を留学生からよく聞いていました。なので、私の友達の留学生はみな、授業が終わってからアルバイトに直行、多い人で週七日働いていました。日本語ができればアルバイト探しも簡単で、運がよければ中国語を高い時給で教えることもできました(当時は今ほど中国語の需要もありませんでしたが)が、来日したばかりで日本語ができないと雇ってくれるところも限られてきます。アルバイト探しから難航することもよくあるのでした。

 

友達の留学生はみな、日本での生活を始めてすぐ、みるみるうちに痩せていきました。日本食に慣れていなくて、食欲がなかったということもあると思いますが、遅くまで毎日アルバイトしているのに、しっかり勉強もして(彼女たちは短い留学期間を有効に使おうと、みなとても勉強熱心でした)疲れないわけがないですよね。お金があるわけではないので、好きなものを好きなだけ食べられるわけでもないですし…。ある友達はあっというまに10キロ近くもやせてしまいました。今、彼女は当時をこう振り返ります。

「飢えたことってある?私は、日本に来てお金がなくて毎日もやししか食べらないことがあったの。お米は高くて買えないし。日本語できないから、アルバイトは外でのビラ配りで、真冬マイナス10度近いときに何日も外に立ち続けると、数日間口が凍えて回らなくなるのよ。両親に電話するお金もなくて、しばらく連絡できなくてね。とても心配していた。早く日本語うまくならないといけないから、勉強も頑張らないといけないし、とても忙しかったよ。でも、日本にいられるこの短い時間を絶対無駄にしたくないと思ってたから一生懸命やったよ。正に命懸けだったね。中国国内で、ちょっと高い地位にいたり、ちょっとお金持ちだったり、ちょっとくらい優秀だったとしても、日本に留学に来たらただの一貧乏学生になって、苦しく辛い生活を送ることになるんだよね。」

 

中国の有名大学の助教授クラスの人が、留学生として奥さんと子供をつれて日本に来ていましたが、学費は免除になっていたものの、生活は苦しく、スーパーの夜中の棚卸のアルバイトに明け暮れていたのを思い出します。彼は、今、その大学を代表する教授になっています。教授の中でもかなりの出世頭だという話です。

 

驚くのは、そのアルバイトでためた僅かなお金を節約して両親に仕送りしたり、そのお金で両親を日本に呼んで旅行させたりする人たちがいたことでした。彼女たちの話を聞くと、学費を出してもらい、毎月親から仕送りまでもらっている自分が恥ずかしくなるのでした。

 

昔の留学生からは、友達が言ったように、正に命懸けでハングリー精神というものをひしひしと感じ取ることができました。が、最近の留学生は少し違うようです。中国経済の成長に伴い、今は私費で来ている留学生もかなり多くいます。最近知り合った留学生は、3LDKの高級マンションに一人で住んでいます。母親が会社を経営していて、生活費も日本で暮らすのに十分な額の仕送りをもらっています。何でも好きなものを買いなさい、と言われているという彼は、車も持っています。彼が特別というわけではなく、彼のような留学生が増えています。

「仕送りはもらっているし、アルバイトは特にする必要がない。アルバイトするくらいなら、しっかり勉強しなさいと言われているよ」

と、国費で来た留学生もそう言っていました。

 

やはり、お腹がいっぱいになると、人は食べ物を求めないものです。一昔前の留学生のようなガッツや貪欲さ、を今はあまり感じなくなりました。10年以上前に留学生として来日し、日本の大学を卒業して日本で暮らす元留学生たちの目から見ても、今の若い留学生たちは、生活も考え方も大きく異なるのだそうです。

「時代の流れだよねぇ。でも私は、あの日本での苦しい時期があってよかったと思う。どこにいても、自分の力だけでやっていく自信がついたし。なにか大変なことがあっても、あのときのことを思い出したら頑張れるよ。」

そう友達が言ったことが、とても印象的なのでした。