第49回 間違ってもいいんじゃない?

中国人の友達が携帯電話で話しています。

「ちょっと遅れます。9時に行きますですので。今、友達を会っています。」

切るのを待って、伝えます。

「『ます』のあとに『です』は変だから、九時に行きますので』って言ったほうがいいよ。『会う』のとき、助詞は『を』じゃないよ。この場合は『友達に会っています』か、『友達と会っています』が正しいんだよ。」

「そっか。いつも直してくれて、私は嬉しいだよ。」

「『嬉しい』は形容詞だから『嬉しいよ』でいいよ。形容動詞のときは『きれいだよ』とか『静かだよ』って、『だよ』が使えるんだけどね」

「ふーん。『きれい』は、形容動詞か。形容詞かと思ってたよ。教えてくれてありがたいだよ。」

「『ありがたい』は・・・」

以下略。

 

この会話を聞いた方は、ちょっとしつこいと思われるかもしれなませんが、私は親しい留学生が日本語で何度も同じところを間違う場合は直すことにしています。彼女たちが、それを望んでいるからです。(中国人はメンツを重視するので、人前では直しませんが)

 

あるとき、留学生の一人がこう言いました。

「私の日本語どう?」

「上手だよ」

「嘘!間違っているところたくさんあるでしょう」

「そりゃ、たまにはあるけど、外国人なんだから完璧じゃない部分もあって当然なんじゃない?」

「そうじゃなくて、日本人の友達は誰も間違っていても直してくれないんだよ。間違っているよって言ったら、私が傷つくと思ってるんでしょう。だから、私の日本語、どこがヘンなのかわからない。」

そういわれてハッとしました。ああ、こんなところにも考え方の違いがあるんだ。言われて見れば、私も彼女がいつも同じところで間違っているな、とは思いながらも訂正したことは一度もありませんでした。日本人には、相手のミスを口に出して訂正することを、相手に対して悪いと思ってしまう独特の思いやりというのか、遠慮があります。

 

中国人数人と暮らしていたときを思い出しました。私の中国語は、彼女たちに鍛えられたと言えます。私がちょっと言い間違うと、彼女たちはすぐに「違~う!」と直してくれました。最初はいちいち直されるので、かなり凹んだときもありましたね・・・。でも、結果的には中国語力を伸ばすのにすごく役立ちました。彼女たちは私の専属の先生になってくれたんです。「間違いは、直してあげたほうが後々その人のためになる。」そういう考え方なのです。

 

この違いに気づいてから、仲のいい友達に対しては、積極的に日本語の間違いを直したり、気づいたことは言うようにしています。自分も中国語や韓国語を学んでよくわかっていますが、早めに直さないと定着してしまい、直りづらくなってしまうのです。

 

語学の「間違い」について、もう一つ気づいたのは、日本人は外国語の授業で間違いを恐れて発言しないことが多いということです。中国人は間違っていても堂々と話します。間違っていると言われることを恐れていないからだと思います。考えてみれば外国人なのだから、間違うのは当然なわけで、授業は練習の場なのだし、間違いを訂正してもらうことによって語学は上達していくのではないかと思います。語学を学ぶ上で、間違うことは恥ずかしいことではないのだと、中国人のクラスメイトに教えてもらった気がしたのでした。