第73回 義両親の来日③

日本に滞在中、義母が最も感動したのは日本の店員さんのサービスの良さ、礼儀正しさだったそうです。百貨店から小さなコンビニまで全てのお店で、買い物をすると「ありがとうございました」と言いながらお辞儀をしてくれるし、言葉が通じない自分たちに一生懸命説明しようとしてくれると喜んでいました。

 

某観光地に義両親だけで旅行に行ったときのことです。宿泊したホテルのレストランで食事をしようとしましたが、そこには中国語のメニューがありませんでした。フランス料理のレストランだったようで、メニューのカタカナの羅列を眺めながら、義両親が困ったなぁ…としばらく注文できずにいたら、ウエイトレスの女性がやってきて、英語で何か言いました。英語のわからない両親が、きまり悪そうに笑うと、相手の女性もにっこり笑いました。お互いにどうしようもなくただ笑っていると(想像すると笑えますが)、他のウェイターさんも出てきてなんとかコミュニケーションを取ろうとします。そしてまた別の店員さんもやってきて、それでも通じず、最後には厨房の中からコックさんまで出てきたそうです。きっと言葉の通じないお腹をすかせた外国人の老夫婦になんとか食事をしてもらおうと思ったのですね。

そうだ、漢字なら分かるかも!と、義母がとりあえず

热牛奶」と書くと、熱い牛乳だというのがわかったらしく、小さなカップに牛乳が入って出てきました。そこで気をよくした義母が

「随便,少一点(なんでもいいから少し持ってきてください)」

と書いたら、今度は通じませんでした。漢字ならなんでも通じるというわけではないのですよね…。

 

コックさんが「魚」と書いたので、それでいいよ、というしぐさをすると、小さい魚のフライのような料理が運ばれてきました。両親は注文するのに疲れてしまって、それだけ食べて部屋に帰ろうとすると、ウエイトレスさんたちに引きとめられました。(多分、まだ全然食べていないので、心配したのだと思います)仕方がないので、義父がお腹をたたいて親指を立て、「お腹いっぱいだよ」というしぐさをしました。

 

入口でお店の方たちは深々とお辞儀をしました。一時間半お店にいて、牛乳と小さい魚の団子しか食べなかったのになんて礼儀正しいんだろう、それにとっても親切だったと義両親は思ったそうです。

 

こんなこともありました。義母が夜、近くのスーパーに行った帰りに道に迷ってしまいました。スーパーは家から5分くらいのところにあるのですが、夜だったので帰り道がわからなくなってしまったのです。一時間くらいさまよって、藁にもすがる思いで、目の前にあった小さなレストランに入り、お店にいたひとに中国語で

「私は中国から来ました。日本語は分かりません。道にまよってしまいました。ここに行きたいのです」

と言い、万が一のときのために夫が義母にもたせていたうちの住所と夫の携帯番号を見せました。

中にいたお客さんたちは食事中だったにも関わらず、この言葉の通じない初老の女性を助けようと食事を中断し、現在地を説明しようしてくれたり、夫に何度も電話をしてくれたり、パニックになっている彼女を落ち着かせようとしてくれました。そして、夫が迎えに来てくれるまで不安がって外に立っている義母に付き添ってくれました。(お店の人は中で待つように言ってくれたようですが)

 

家に帰ってくるなり

「焦って血圧上がった!!」

と横になりながら、

「なんて日本人は親切なんだろう!両国関係が悪いのは政府の問題!一般の人はいい人ばかりだよ。おかげで助かったよ、ありがたい」

と何度も感謝の言葉を口にしていました。

 

その話を聞いて私もとても幸せな気持ちになりました。義両親は今回の旅行で、日本人に対してのイメージが大きく変わったと話していました。言葉が話せないからこそできる体験で、そのいい思い出をお土産に、義両親は一ヶ月の滞在を終え、中国に帰っていきました。