第75回 寒いところは苦手なのに②

必要なものの中で、入手に困ったのはダウンジャケットでした。さんざん探し回りましたが、当時、日本に売っているようなデザインと色のダウンジャケットをハルビンではなかなか見つけることはできませんでした。百貨店でも小売店でも、赤や黄色の派手な色で、何年も昔のおばさんジャンバーのようなデザインのものしか売られていません…。どこへ行ってもそのジャンバーを着たマネキンがずらりとショウウィンドウに並べられています。私たちは日本から持ってくるべきだった・・・と後悔しながら、仕方がないのでみなそのジャンバーを買いました。上から下まで全て中国で買ったもので寒さから身を守る私たちは、どこからみても現地の人でした。

 

靴は、靴城という靴専門の大きな市場で購入しました。私の買ったのは茶色い皮の編み上げのブーツで、靴の底は厚く、中はモコモコと起毛になっており、価格は160元(当時2600円くらい)くらいでした。300元を160元に値切って買いました。当時、中国では驚くほど皮製品が安く、靴はよく探せば、日本のデザインに近いようなものもありましたが、冬に履くものは、デザインよりやはり機能性を重視しました。暖かくないと意味がないのです…。

 

毛糸で編み上げられたももひき、毛裤(maokuマオクー)には、ハルビンに来て初めてお目にかかりました。綿でできた棉裤(miankuミェンクー)というのもあるのだけど、やはり毛裤のほうが暖かいのでした。毛裤は、百貨店や市場でも購入することができますが、厚手で質のよいものは100元(1600円くらい)以上しました。ハルビンの女性たちは、よく仕事をしながらこの毛裤を編んでいました。彼女たちの中には、手間をかけて、より暖かくするために二重構造に編んでいる人もいて、手先の器用さに驚かされるのでした。細かく、規則正しく編み上げられたさまざまな色の毛裤は、手触りもよく、丈夫でとても美しいのでした。毛裤をジーンズの下に履くには、ジーンズに一回りくらいゆとりがないといけないので、私が日本から持って行った細身のジーンズは、冬は着用することはできませんでした。ぶくぶくに厚着するのが嫌で、最初は厚手のタイツで代用できないものかと考えましたが、それでは凍え死ぬということにすぐに気づかされました…。

 

当時大学の教室は、暖房もあまりしっかり入っておらず、教室の中でも息が白くなる日もあり、ダウンは絶対に脱げませんでした。が、留学生の中で、ロシア人だけが比較的薄着でした。ロシア人の中には毛皮を着ている人もいましたが、女の子の中には、上はダウンジャケットで、下はミニスカートにタイツにブーツという子もいました。彼女たちが、 「ロシアより全然寒くないよ。ロシアはマイナス40度超えることもあるんだから!」 などというのを聞くと、恐れ入りました・・・とひれ伏したくなりました。日本人留学生の中では、北海道の旭川や富良野出身の子たちは、本州組に比べると薄着で、「寒い、寒い」と口にすることもあまりありませんでした。「どんな寒さにも、慣れってあるんだよ」と、その中の一人が口癖のように行っていました。が、彼らもロシア人も暑さには弱いのでした。ハルビンでは30度を越えることは、私が過ごした2回の夏では、数えるくらいしかありませんでしたが、27度くらいになると、彼らは暑い・・・とふうふう言っていました。「どんな暑さにも、慣れってあるんだよ」と、本州育ちの私は心の中で思うのでした(笑)