第76回 寒いところは苦手なのに③

私たち留学生の部屋には50㎥くらいの小さな冷蔵庫がついていましたが、小さすぎてたくさん料理したときなどは入りきりません。冬は外が氷点下になるので、みんな窓の外や、二重窓になっている窓と窓の間を活用して食品を保存していました。韓国人留学生は、そこにキムチや佃煮を置いていました。

 

それほど寒いハルビンでも、人々は普通に外で仕事をしています。食べ物を売ったり、道を掃除したり。子供たちも外で元気に遊んでいます。面白かったのは、自転車に大きな荷台をつけたみかん売りが、みかんに布団をかけて凍らないようにして売っていたり(ほどよく冷たいので食べやすい。)、アイスクリームを箱に入れて地べたに置いて売っていたりしていたことです(氷点下15度以下なので、アイスが溶ける心配がない。)。この寒さで、食べる人がいるのかと思いましたが、暖房完備で部屋の中は南の地域より暖かいので、冬は温かい部屋の中で、アイスクリームを食べるのだそうで・・・、北海道と同じですね。

 

果物屋さんが学校の近くにあったのですが、冬は果物が凍らないように、ほとんどの果物を外には置かず、お店の中で売っていました。(夏は外に出しています)が、例外があり、柿と梨は外に出されていました。中国東北部の人たちは、柿や梨をがちがちに凍らせて食べ、この二つは冬の代表的なデザートとなっているのです。柿は熟れて柔らかすぎるくらいのものを凍らせ、梨は長時間氷点下に置いておくので皮が真っ黒になったものを食べます。私は柿をよく韓国の留学生からもらって食べました。脂っこい中華料理のあとには、甘くひんやりとした触感が癖になります。凍っているので、あまりどろどろしていなくて食べやすいのです。中国人にとって柿というと、この溶けるほどどろどろになった柿のことを指すようで、日本の堅い柿をうちの夫(中国人)に見せると、まだ当分食べ頃じゃないね、といいます。

 

冬に売っている食べ物で、もうひとつ思い出すのが糖葫芦(tanghuluタンフール)と呼ばれる、長い串にミカンやサンザシ(山楂shanzha)、イチゴなどの果物を刺し、日本のりんご飴のように飴をかけて売っているものです。大学の近くに、自転車に乗って売りに来ていて、一本2~3元くらい。これもガチガチに凍っています。安いのでおやつ代わりにいつも食べていました。これは東北地方の名物だと聞いていたましが、旅行で南に行っても売っていました。ちょっと違うのは、南のは凍っていないということです。日本の縁日でたまに見かける「イチゴ飴」「ミカン飴」という感じ。凍っていないと美味しさが半減するような気がしました。

 

ハルビンでは、市内を流れる松花江という大きな川(冬は厚い氷が張るので歩いて渡れる。)の南側にある公園で、毎年12月下旬~2月末まで冰灯(ビンドン)という氷祭りが開かれます。広い敷地内にいくつもの氷で作られた氷像や、建築物が並ぶ。大きな滑り台もあります。ライトアップされる夜は、特に幻想的です。・・・が、寒い・・・とんでもなく寒いのです。なるべく気温が低くない日を選んで見に行きましたが、それでも長時間外にいるのでとにかく寒かったです。寒さのあまりカメラのシャッターが固まって動かなくなるという事態に。この寒さの中、来たからには写真をとらなくては。カメラを生き返らせるために、自分の体温で必死に温めます(笑)。生還したカメラで写した写真は、ぶくぶくに着膨れ、帽子とぐるぐるに巻いたマフラーの間から、薄く開けた目と真っ赤になった鼻だけを出した、よく見ないと誰だかわからない写りになっていました。

 

入場券は当時で20元くらい。当時の物価で考えると、かなり高い入場料に思えます。(旧正月になると50元に値上げ)札幌の雪祭りは、雪像維持の関係で1週間くらいで終了しますが、冰灯は二ヶ月近く開催されています。だんだん暖かくなってきたら日中の太陽の光で氷が溶けてしまいます。氷像の虎や龍が汗をかいて徐々にやせ細っていくのを見て、かわいそうに思いました。しかも埃で少しずつ汚れてくるので、やはり冰灯は寒さが厳しくても開催されて間もないころに見に行ったほうがいいですね。

 

今頃ハルビンは氷に閉ざされていることでしょう。ハルビンは寒かったけれど、人々は温かく、私にとっては思い出深い、第二の故郷のような街です。留学先がハルビンでよかったと心から思います。寒いのは相変わらず苦手ですが…。