第78回 路上のけんか

韓国にいるときのことです。学校の帰り、男性二人が路上でつかみ合いのけんかをしていました。どうやら車の軽い接触事故が原因のようでした。通行人が二人に遠慮のない視線を送ります…。私は、またか、と思ってちらりと見るだけで通り過ぎます。中国でも韓国でもこの手のけんかは多いのです。路上での怒鳴り合いはまだいいほうで、殴り合い、蹴り合いも目にすることがありました。

 

家に帰ってから、ルームメイトのヘギョンに、今日路上でけんかを見たことを報告しましたが、彼女は別に驚く風でもありませんでした。私がその後、なんとなく独り言のように

「日本では、知らない人同士の路上のけんかってあんまないんだけどね」

と言ったら、彼女はそっちのほうに驚いたようでした。

「なんで日本って、けんか少ないの?」

「そういうときでも、冷静に対処しようとする人のほうが多いんだよ」

「ええ!?そっちのほうが怖いよ~。怒っているのに、冷静だなんて。普通は腹が立ったら、怒鳴ったり、表情に出たり、手がでちゃったりするのが当たり前でしょう?」

「でも、感情的になってもなにも解決しないよね?」

その日、ちょうどヘギョンの友達も遊びに来ていて、その子もヘギョンの意見を支持しました。

「韓国では、そういう状況のときは、大声で罵ったり、自分を大きく強く見せようとする人のほうが多いと思う。相手を萎縮させたほうが勝ちっていう考えがあるかもね。」

「日本にもそういう人はいるけど、冷静に話をつけようっていう人のほうが多いと思うよ。勝ち負けっていうか、冷静な人のほうが周りには支持されるんじゃないかな。」

 

しばらくそれについて、二人と話して思いました。日本人は、中国人韓国人に比べて、感情を表に出さないことを改めて感じました。特に「悲しみ」「怒り」については。どんなにはらわたが煮えくり返っても、どんなに悲しくて心が張り裂けそうでも、人前で怒鳴ったり、暴れたり、泣き叫んだり、その感情によって我を忘れたりすることは、人生のうちで数えるくらいしかないと思います。ストレートにそれを出してはいけないと、小さいときから教育されていることもあるし、周りの目を気にして感情に身をまかせることがみっともないこと、恥ずかしいことだと考えているからだと思います。

 

韓国や中国の映画、ドラマを見ていると、登場人物は実に感情表現が豊かです。実際にこの国の人たちは、ドラマの中と同じようによく泣き、怒り、笑います。日本人の目には、オーバーに映ったり、感情に波のある気分屋に見えてしまうときもあるけど、自分の気持ちにとても正直。怒っている時に声が大きくなったり、気分が悪い時は、思いっきりむすっとして一言もしゃべらなかったり、周りにそれを隠そうとはしません。

 

韓国で、事故や犯罪の被害にあった方たちへのインタビュー報道を見たことがあります。被害者の親族の方たちが、泣き叫び、声を荒げて取り乱し、まわりにあったものを投げつけていました。連行される容疑者に飛びかかっていく映像も目にしました。日本だったら?と考えました。日本人だったら、大切な親族が被害にあったのだから、そうしたい気持ちは同じだと思うけど、どんなに辛くても、人前でそこまでの感情を出すということはないんじゃないかと。

 

そう考えると日本人って、無意識になのか、習慣的になのかは分からないけれど、たくさんの感情を「我慢」しているんだなぁと思えてきました。そして、お隣の国の人を一概に、けんかっぱやいとか感情的だとかいうことはできないと思いました。それは、習慣や考え方の違いであり、感情を抑えるという考えがなければ、腹が立ったり、悲しかったりしたら、怒鳴ったり泣いたりしてしまうのは普通のことなんじゃないか・・・。人間なのだから。