第98回 日本語学科の学生たち

以前私が留学していたハルビンの大学には日本語学科があり、私がハルビンに到着してまもなく、その科の学生が部屋に何人も押しかけてきました。

「お互いに勉強しましょう!よろしくお願いします!」

積極的なその姿勢に圧倒されてしまいました。相手は私たちに中国語を教え、こちらは日本語を教えるこの学習方法のことを私たちは「互相(フーシャン)」と呼んでいました。

 

日本語を勉強しているからには生の日本語に接することは大変重要であり(当時はまだインターネットもなくて、「生きた日本語」を学ぶには、日本のドラマの海賊版のビデオCDを見るくらいしか方法がなかった。)、日本語学科の学生の大半が日本人との「互相」を希望していて、日本人留学生が10人ほどしかいなかったので、それはものすごい競争率なのでした。私たち日本人は1人当たり3人と「互相」するのが精一杯で、相手が週3回も4回も一緒に勉強したがっても私たちはそこまでは時間を割くことはできませんでした。

 

驚いたのは、日本語学科の学生たちが大学に入ってほんの数年しか日本語を勉強していないのに関わらず、私たちが話す日本語をかなり理解できるということでした。(中には中学校から日本語を学んでいる朝鮮族もいた。以前、朝鮮族の中学校と高校は英語の代わりに日本語を教えていた。)その理由がすぐに分かりました。

 

日本語学科の学生たちは、毎朝とても早起き。まだ教室が開いていないので(教室は使っていない間はカギがかけられている)運動場で声に出して教科書を読みます。教室が開く時間になると、早めに教室に行って、予習。授業が終わると図書館に行って夜まで復習。図書館が閉まる時間になると、部屋に戻って日本語のラジオを聞く。(日本のラジオの電波を拾っているため、雑音がひどくて聞きにくいが・・・)当時中国の大学は全寮制で管理が厳しく、10時に点呼があり、そのあと消灯となりましたが、布団の中で懐中電灯を使い勉強する学生もいました。日本語能力の高さは、彼女たちのこのような努力によって身に付いたものだったのでした。これは日本語学科に限られたことではなく、私が見る限りでは他の科の学生も同じように勤勉でした。入るまでは一生懸命ですが、入ってからはあまり勉強しないといわれている日本の大学生と比べると、なんという向上心だろうと驚かされました。このままではそう遠くない日に、中国に抜かれてしまうだろうと思っていましたが、近年、それが現実となりそうです。

 

当時、彼女たちの大半が卒業後に高校や大学の日本語の教師になっていました。(大学で4年学んだだけで高校や日本語学校の日本語教師になる人も多かったので、先生になるにはまだ早いような気もしたが・・・)彼女たちの話では、中国の学生が進路を決めるときに、就職と結びつかないような専門は選択しないということでした。日本では、○○が好きだから、とか自分にはなんとなく○○が合っているような気がする・・・という理由で進路(大学の学部)を決め、その先(就職)はあとで考えればいいやというひとも多いでしょうが、当時の中国では将来をしっかり見据えて進学先を決め、少しでもいい仕事に就きたいと努力を怠らない人が多く、その姿勢にいつも感心させられるのでした。

 

中国の大学生は、日本と違ってアルバイトをする学生は少ないです。アルバイトをするにしても、時間の短い家庭教師がほとんどで、日本のようにお店の店員やウェイトレスをする人はあまりいません。当時、日本語学科の友達の中にはアルバイトをしているという人は一人もいませんでした。学生はアルバイトより勉強!という考えが強く、日本に来た中国人が日本の学生がアルバイトばかりする姿を目にして、いつ勉強しているのかと心配していました。

 

その頃、日本語学科からは年に数名、交換留学制度で日本に留学することができましたが、ほとんどの学生が日本に行きたがっているので、これもものすごい競争率になっていました。私の友達は、その留学制度で日本に来て8年近く滞在し、現在は中国の有名大学の日本語の先生として活躍しています。日本に来てからの生活は決して楽なものではなかったようですが、そのときの苦労があるから今の彼女の地位があるのだと思いますね。

 

あれから十数年。今では日本に留学するのも以前に比べはるかに簡単になりましたし、学生の様子も大きく変わったのを感じますが…、「ハングリー精神」という言葉を聞くと、留学していたときに目にした中国の学生たちの姿を思い出します。あのときの学生たちは、今はきっと、経済成長の波に乗り、第一線で活躍していることと思います。努力した人が成功する…そうあってほしいものです。